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ご挨拶

館長のご挨拶 金澤翔子は、1985年、東京都目黒区に生まれました。5歳で書道を始め、一つの目標であった個展を2005年に銀座書廊で初めて開くことが出来ました。それは翔子の父、金澤裕の夢でもありました。
思えば、終わりのはずの個展がきっかけとなり素晴らしい人たちと出会い、未知の世界へと踏み出す、新たな書の道の「出発点」になったようです。この時「素晴らしい書家になってもらいたい」という思いが湧き上がり、今はその思いを母娘が共有するようになりました。
金澤翔子はダウン症という天与の宇宙をもって書の道を歩んでいます。これまでの道のりは決して平坦ではありませんでしたが、彼女の「天性の明るさ」、「場を生み出す技術」は書家としての原点になっているようです。
この度いわき市遠野の地、日本一広い敷地を所有する「きもの乃館 丸三」様の協力を得て、金澤翔子美術館を開設するに至りました。当館は日本で初めての金澤翔子の常設館です。
本展覧会に展示される作品は金澤翔子の力作で構成されています。また、展示されたことのない、これから話題になるであろう最新作なども展示してありますので、存分にご鑑賞下さい。
翔子の父は、初めての個展を家族と一緒に見ることは叶いませんでしたが、翔子は「大丈夫、お父様は天国から全部見ているから。」といっていました。金澤翔子美術館の開館もきっと優しく見守ってくれていると思います。
開館にあたり、株式会社たかしま、株式会社高島織物、株式会社丸三をはじめご協力を賜りました関係各位に心からお礼申し上げます。

平成23年12月1日
金澤翔子美術館 館長  金澤泰子

美術館開館にあたって きもの乃館丸三は、故小林英子によって創業され、日本一の敷地面積を有する呉服専門店でした。 残念なことに、小林英子社長は平成22年5月17日に他界しました。享年74歳。 小林英子社長は、生前、次の詩を残しています。
『和のすべて 心ひかれて 魅了され きものと共に 生きた生涯』
この言葉をテーマに新たな空間づくりを一周忌事業と位置づけ頑張ってきました。
金澤先生との出会いは、一周忌事業がきっかけでした。
平成23年2月に放映された『中居正広の金曜日のスマたちへ 』に金澤先生の特集があり、その番組に感動し、是非一周忌事業の『小林英子社長を偲ぶ会』に席上揮毫をお願いしたく、筆を取りました。
投函から2日後、泰子先生からご連絡をいただき、偲ぶ会の揮毫を引き受けて頂いたのが始まりでした。それから数日後東日本大震災が起こりました。いわき市は、3.11と4.11の地震津波、さらに原発問題と世界のふくしまと位置づけられ、ただただ呆然と見守るような思いと悲惨な災害状況を受け入れなければならない境地でした。 5月の偲ぶ会も、いわき市で開催できる状況ではなく、会場を東京會舘に変更し近しい方々にお集りいただき、開催しました。
その時に揮毫いただいた「希望光」の力強さと優しさに感動し、また、励ましを受け、丸三の復旧と事業継続を決意しました。復旧工事には約7ヶ月かかりましたが、何とか10月22日のリニューアル記念イベントに改修工事は間に合い、一周期事業の一つある「世界一大きい着物」のギネス世界記録認定、そして、翔子先生の席上揮毫「龍翔」が行われました。 そのパーティーの際、ぜひこの館で作品展示をさせていただきたいとお願いしたところ、数日後にご了解いただき、12月1日の金澤翔子美術館オープンとなりました。
本当に、信じられない出来事に丸三の復興事業として果てしない「希望光」をいただきました。

平成23年12月1日
株式会社たかしま 代表  高島 賢守

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